HOME BACK NEXT 因美線津山・智頭間の風景です。約30年ぶりの線路は激しく変わっていました。2010年4月24日 |
津山駅1番線。智頭行き682Dのキハ120が入っています。 |
だいぶ見慣れたとはいえ、DMH時代に育った私らにとっては味気ないキハ120。 |
智頭行きのキハ120の窓から津山駅。数十年ぶりの津山以北の線路にちょっと気が急きます。 |
土曜日の昼過ぎ、車内は学生主体であとは買い物帰りの女性数人。どこら辺まで乗るのでしょうか。 |
東津山で姫新線と別れてからは、しばらく丘陵地帯を行きます。車両後部から。 |
美作滝尾駅 ここは「男はつらいよ」最終編のロケが行われた所で、この日も10人近い人が居ました。 かつての対向線はネギ畑と化しています。 |
ここから先頭部に移動。 桜の季節には花見ができそうな三浦駅。ちょうど花が全部散ったところ。 |
三浦駅を過ぎると那岐山(なぎさん)が右側に近づいてきます。 地図を見る |
かつての急行停車駅 美作加茂。今は列車が短く(1両に)なったのでホームが分断されています。 |
昭和49(1974)年8月の美作加茂駅。こっちの方が現在より活気を感じます。 |
だんだん狭い谷間に入って行く。しかしこの線路、明らかに昔の方がきっちり整備されていた気がします。 |
知和駅。ポツリポツリと人が降りて行きます。ここから物見トンネルまでの峠の勾配が始まります。 |
勾配がきつくなるとともに山の斜面にへばりつくところが増えてくる。 この区間、29年前に逆方向で録音していますが、景色は全く記憶に残ってません。 |
表定速度は昔とはほとんど変わらないものの、急カーブの徐行区間が増えているので、かえって遅くなったように感じてしまいます。 |
この先の物見トンネルまでは、ずっと25/1000の坂が続きます。 キハ120はこの勾配よりもむしろ線路状態を考慮して、馬力を抑えている感があります。 |
峠の手前の美作河井駅。録音当時はここで対向列車が遅れて来てイライラしましたが、反対側の線路はすでにありません。 |
駅舎はそのまま。ただしあの引き込み線は本線とはつながっておらず、プツンと途切れています。 |
行楽シーズンにはここで降りるハイカーも多いのでしょうか。 |
何となく覚えがある、美作河井駅ホームの蛇口。ここで水を飲みたかったけど録音中で飲めなかったような。 |
物見トンネルへ向けてさらに坂を登って行く。 |
見えてきた物見トンネルの入り口。意外となだらかな所にあります。急に雨がパラつき出す。 ♪ トンネルに入る所(MP3 1分31秒)ヘッドフォン推奨です。 地図を見る |
トンネルを抜けると今度は同じ25/1000の下り勾配。下りでもさほどスピードを上げません。 |
鳥取県に入ってひとつ目の駅、那岐(なぎ)駅。駅だけは水平で駅の前後は25/1000。 |
土師駅。ここは最初から一本線の駅。はずす物が無いのでかえって原型そのまま。 |
次の終点、智頭に向かって急な坂を更に下ります。なにしろ智頭駅直前まで25/1000です。 |
坂の下に見えてきた智頭駅。右の線路は智頭急行線。 |
智頭に着いた列車。右のキハ47は連絡の鳥取行き。 |
因美線鳥取〜智頭間はまだこのキハ47が健在なようです。 |
文字の間がさびしい智頭の駅名板。しかたない。 |
杉材の産地、智頭の駅。手前の碑は智頭駅70周年の記念碑。 |
駅の入り口から見た智頭の駅前。智頭の町は駅から少し離れた千代(せんだい)川に沿って開けています。 因美線は当初、津山線、姫新線とともに、山陰と山陽、関西を結ぶ亜幹線の役目を果たしていましたが 智頭急行線の開通により、鳥取から山陽、関西方面への便は全部そちらを通る事になり、 逆に取り残された因美線の智頭〜津山間は、沿線の人たちだけのためのローカル線となっています。 ただし、智頭から津山への幹線道路は岡山街道がありますが、この道路は因美線とは違う経路を通っており 美作河井、知和、美作加茂などの沿線住民、特に学生たちにとって、因美線は今も重要な足であることは間違いありません。 細々でも走り続けて欲しいものです。 1981年当時の因幡社〜智頭〜知和間の録音がこちらにあります ただし走る方向はこの列車の逆です。 智頭町の保存機関車 |
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