川端貨物線跡

昔、和歌山線大和二見駅から分岐して紀ノ川の方へカーブしていく貨物線がありました。
その川端貨物線の廃線跡と、終点にあった川端貨物駅跡まで歩いてみました。
2014年1月3日撮影

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昭和45(1970)年 川端貨物駅に向かうハチロクの引く貨物列車
五條と大和二見の間を走るハチロク牽引の貨物列車。この列車が川端貨物線に入る列車でした。
昭和45(1970)年3月


大和二見駅の横に見える廃線跡
大和二見駅の五條寄り。駅の手前から線路が分岐していた廃線跡が見えます。




和歌山線から左に離れていく廃線跡
反対側を見てみる。和歌山線から左に離れて行く廃線跡。先ほどのハチロクの列車は、
ここをゴトゴトと川端貨物駅に向かって行ったんです。




廃線跡を活用した駐輪場
廃線跡はここでは今も活用されて、駅前の駐輪場になっています。



駅前の地図。廃線跡のカーブが見て取れる。
大和二見駅前にある地図にも、なんとなく廃線跡のようなカーブが見て取れます。
緑で印をされた遊歩道は完全に廃線跡。



駅前から始まっている廃線跡の遊歩道
駅前から始まっている廃線跡の遊歩道。紀ノ川の方に向かってカーブしています。




国道の所で終わっている遊歩道
遊歩道は国道の所で終わって、それから先は一般道路になってカーブが続きます。




古代遺跡のような川端貨物線の橋脚
カーブしながら少し下るといよいよ現れました。古代遺跡のような川端貨物線の橋脚が。




反対側から見た川端貨物線の橋脚
反対側に回って、大和二見方向を見たところ。二見側の築堤が取り除かれているようです。




枕木だらけの廃線跡の築堤
廃線跡の築堤の上に登って、大和二見の方を見る。築堤の上は朽ちた枕木だらけ。




川端貨物駅方向を見る。
   今度は川端貨物駅方向。右に紀ノ川があります。和歌山線と分かれてから、ほぼ180度カーブしています。




線路跡の先にある製材所と怪しくカーブした道
線路跡の築堤の先にある製材所と、何やら怪しいカーブ。まさに線路のカーブそのもの。
右は広いアスファルト道路になって川の方に伸びています。



材木が並べてあるプラットフォーム。川端駅。
 材木が並べてあるプラットホーム。これは完全に鉄道のホームですね。どうやらここが川端駅のようです。




川端駅のプラットフォーム
ちょうどここで掃除をしていたご婦人の話を聞く事が出来ました。まさにここが川端駅で
このホームから材木、チップ、ミカンや柿なども積み込んだそうです。




廃線跡の先に見える櫓。
廃線跡の先にあるのが、チップのベルトコンベアーの櫓の跡だと教えてくださいました。




今も材木が置かれている川端駅跡
今も川端駅跡のプラットホームは活用されて、材木が積み上げられています。



製材所の裏側にあるレール
     製材所の裏側にも線路があると言われて、反対側に来ると、やはりレールがありました。




広場の隅に残っている泥まみれの線路
広場の隅っこには踏切のようになって線路がはっきり残っています。



アスファルト道路の横に残っている線路
来た時に見たアスファルトの道路の横にはっきり線路が何本も見えます。
舗装の時のはずされたのか、レールが一本放り出されたまま。




何本も分岐していたと思われる線路
線路は何本にも分岐していたようで、この広い舗装道路はヤードだったようです。





線路跡の枕木と杭





ヤードの跡に出来ている舗装道路
               ヤードのど真ん中が舗装道路になってしまったと言う事ですね。



線路の上に乱暴に舗装された道路
つい最近舗装されてしまったようです。なぜかレールの延長線上のアスファルトに
線路の形が白く浮き上がっています。




アスファルトの上に浮き出ているレールの模様。
   亡霊みたいな線路の影。もう少し早く来ていれば、舗装される前のヤードが見れたのに残念なことをしました。




改めて見る川端貨物駅の廃線跡とヤード跡。今は両方とも見事にアスファルト道路。<BR>
改めて見る川端貨物駅の廃線跡とヤード跡。今は両方とも見事にアスファルト道路。

こちらではこの川端駅跡が舗装されてしまう以前の姿を記録されています。

広瀬和彦さんの
廃線跡探訪 奈良県五條市 五新線と川端貨物線跡



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