昭和の風景写真・那智勝浦町下里

紀伊半島の南端近く。和歌山県那智勝浦町下里の風景

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昭和の風景 太田川と大浜
          手前は太田川。川と海との間の砂州は大浜。河口は画像の左のはずれにあります。 昭和49(1974)年
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昭和の風景 白魚漁
                河口近くでの白魚漁。沖の軍艦のような岩は立石(たていし) 昭和46(1971)年3月。




太田川の河口。白魚漁。
                      左の方に意外と狭い太田川の河口。波が複雑で危険な場所。



白魚漁をする漁師さん
        白魚漁をする漁師さん。いまは次の代になっているでしょうが、白魚もめっきり減ってしまったようです。




冬の季節風で波頭が立っている大浜。
        冬の季節風で波頭が立っている。このあたりに来ると木枯らしもさほど冷たくありません。昭和47(1972)年11月




べた凪の太平洋。
                   べた凪の太平洋。 しかしこの大浜は急に深くなっていて危険。




粉白の磯
                   粉白(このしろ)の磯。ガキの頃は、ばい貝、サザエなど取り放題。今はダメ!




山の上に上がって高芝の集落と海を見る。
                          山の上にあがって、高芝の集落と海を見る。




下里をでて太田川鉄橋渡る列車。
                下里駅を出て太田川鉄橋を渡る列車。手前が大阪方面。昭和46(1971)年3月。




                        山が連なる海と反対側の風景。左の山は那智の妙法山。




天満の集落へ向かう堤防沿いの道。
                天満の集落へ向かう堤防沿いの道。太田川のほとりにある製材所の煙突。




引き潮で動かなくなった舟
     引き潮で動かない舟。満ち潮になればまた自然と浮かぶ。このあたりは糸ウナギ(ウナギの稚魚)がたくさん居ました。




       太田川にかかる旧国道の木造の橋。今は架け直されています。この橋の下に仕掛けをしてウナギがよく獲れました。
       昭和47年ごろ。



                         川に沿って続く防風林と天満への道。昭和49(1974)年9月。




                
                    下里の集落の中の路地。村全体走り回って探偵ごっこをしたもんです。
                    塀は飛び越え、垣根には穴をあけてケモノ道ならぬ、ガキの道ができていました。



                
                          石の塀と柿の木。登るのにちょうどよい枝ぶり。



                       大浜へ向かう堤防の道。行くにつれて波音が大きくなって来る。




                           下里の村のメインストリートのひとつ。




                旧国道。向こうの交差点あたりが下里の村で一番賑やか。山の向こうは太地。




                唯一の幼稚園はキリスト教会。ちゃんとシスターさんが居ました。昭和47(1972)年11月。









                     初盆の灯篭流しの準備。太田川河口付近。    昭和50年代後半。




                    灯篭流しに集まってきた人たち。村のお寺の和尚さんの姿も。




                         暗くなってきて、もうそろそろ灯篭流しが始まるころ。



    下里風景作品集 : この下里で活動中の植地貞夫画伯の下里風景画集です。ぜひこちらも御覧ください。
                         (下里風景作品集はさえらのすし様の内部ページです。)


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