プロフィール (鼻たれの頃)
このたびは弊サイトへおいでいただきまして有難うございます。私は HN C58221 本名 橋本秀明 と申します。
生まれは大阪・河内です。本籍地が和歌山県那智勝浦町である関係で、鉄に親しむ事になりました。
C58221というのは永く紀伊田辺区にいた機関車の番号を勝手に使わせてもらっています。
これは昭和37年12月 天王寺駅で名古屋行き急行「紀州」の発車前です。
立っているのはほかでもない私。それほど鉄臭くないふりをしています。10歳くらいのときです。
この気動車急行が紀勢線に登場した頃から、何となく自分が鉄病である事を自覚しはじめました。
この明るい色の新しいディーゼルカーへの憧れが、正式な私の鉄病の始まりです。
この「紀州」が走り出した頃、私は面白い光景を覚えています。横に座っていた出張風のおじさんが、天王寺発車後の検札の時に出していた切符の行き先が確かに「名古屋まで」と書いてあったのです。わざわざ紀勢線まわりで名古屋まで?・・・。と、その時は鈍感に思ったのですが、今は痛いほどよく理解しています。その人は大先達だったのですね。
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紀勢線下里
この場所で私はいつも鉄粉浴をしていました。
この土手で遊びながら、信号が下がるのを待ちつづけていたようなわけです。蒸気列車が来ると
土手は震度2くらいで揺れていました。
電化されて立派な線路になった今も、この土手はちゃんとあります。
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数十年後の平成16年。NHKで放送された「列島縦断12000キロ鉄道の旅」の
事前紹介番組(5月6日放送)と、旅が終わってからの追憶編(12月10日放送)に、
「音鉄の達人」という畏れ多い名前をつけられて、カメラの前に引っ張り出されました。
その時の画像
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