昭和の駅の風景(3)



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     昭和48年8月 芸備線備後落合駅のホームの列車案内
    広島から併結してきた「ちどり」と、「たいしゃく」「やまのゆ」がここで分割されて、お互いに反対方向に走り出します
    という親切な表示。「ちどり」はここからは、さかさまに走るから、文字列もさかさま(?) なかなか間違えようがない。
    おそらく間違えた人がいて、よっぽどえらい事になったんだろうと思う。


   昭和46年3月 木次線三井野原駅   出雲坂根の方角を見る。この直線をしばらく行くと、
   急に谷間の下り坂になって出雲坂根まで降りて行きます。



     同じく昭和46(1971)年3月三井野原から油木よりに来たところ。油木・備後落合方向。
熊が居るよと言われてびくびく。




昭和46(1971)年3月 芸備線比婆山駅
この後森林伐採が盛んになり禿山が増えた頃に「ヒバゴン」という怪獣で有名になりました。
今はまた、ヒバゴンは植林され成長した森に隠れたのか、何も聞きませんね。




昭和46年3月 芸備線道後山の名所案内   「国鉄山の家」 「スキーの適地」という案内が読めます。




昭和48(1973)年8月 伯備線上石見。この時すでに駅舎は雑貨屋さんのようでした。




昭和46年3月 伯備線生山   全く何気なく撮った一枚。マニアの目じゃなくてフツーの人の目で
撮ったような写真です。実はついこの間まで撮った事さえ忘れ去っていた一枚です。




           昭和48(1973)年8月 姫新線刑部(おさかべ)駅。 対向列車を待ちうける。手にはタブレット。



昭和47(1972)年4月 和歌山線掖上駅   列車が行った後。犬が改札口の番をする。(??)




昭和47(1972)年4月 和歌山線(近鉄吉野線)吉野口駅。 近鉄の電気機関車が入れ替え中。




同じく吉野口。近鉄線内で入れ替え中の電機。船のような車体の51号機。



昭和45年3月 片町線長尾駅  片町・京橋を出てここまで来ると単線でローカルムード満点でした。
電車もゆっくりここでリフレッシュしているように見えました。



同じく片町線長尾駅 この頃このあたりは開発の波に取り残されたような所でした。




同じく昭和45(1970)年3月。 片町線片町駅。




近鉄東高安線信貴山口駅  昭和45年3月    近鉄大阪線山本から出る盲腸線の終点。
山本までほんの5分程度ですが、この駅は静かに落ち着いています。
高安山へ登るケーブルカーのホームとつながっています。 電車は1460系



同じく信貴山口駅ちかくにある40/1000の勾配標識。電車だから、どおってこともありませんが・・・。




昭和49(1974)年9月 いきなり北に飛んで、石北本線丸瀬布駅の立派な看板。




その隣の瀬戸瀬駅 




昭和48年8月 樽見線美濃神海




昭和47(1972)年6月 野上電鉄日方(連絡口)駅 左の電車は阪神から流れて来た「喫茶店」と呼ばれた電車。




同じく野上電鉄 日方(連絡口)駅のホーム。 




昭和47年6月 紀勢本線海南駅付近の踏み切りの小屋。 全列車の通過時刻が貼られています。




昭和47(1972)6月  紀勢本線海南駅  DF50−22と、追い抜いていく急行列車。 



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